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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [1]




 瑠駆真(るくま)は一度足を止めた。そうして駅舎の中を睨み、小さく舌を打つ。
 窓ガラスの向こうに見える屋内。こちらに背を向けて座るのは美鶴(みつる)。机に広げているのは何の教科書だろう? そして、向かいに座るのは四組の金本(かねもと)(さとし)。美鶴の手元を覗き込み、時折指で示しては美鶴に何かを言われている。そのたびに彼は笑顔を浮かべ、楽しそうに言い返している。
 喧嘩するほど仲が良い。
 そんな言葉が脳裏に浮かび、瑠駆真は大きく頭を振る。
 出遅れた。
 大股で駅舎へ近づき、大きな音を立てて扉を開けた。
「あれぇ?」
 惚けたような声は聡から。
「こんなところに何用(なによう)かな? 王子様」
 途端に剣呑な視線を向ける相手にもお構いなしで、聡は眉をあげて顎もあげる。
「王子様がこんなところで油売ってちゃいけないんじゃない?」
「どういう意味だ?」
「だってそうだろう? 王子様はお姫様探しで忙しいって噂だぜ」
「そのお姫様に会いに来ただけだ」
 そうして、やおら美鶴へ視線を向ける。
「花嫁候補というのなら、君以外には考えられないからね」
「冗談なら外で言って」
 美鶴は顔もあげずに冷たく答える。
「今は本当に忙しいから」
 その言葉に嘘はない。美鶴は本当に焦っている。次の校内模試に向け、やらなければならない事は山ほどある。
 今までは、試験前だからといってもそれほど焦る必要はなかった。常に予習復習を欠かさない美鶴には、試験だからといって特別な準備をする必要はなかった。だが今は違う。追い込まなければ学年トップの座を失いかねない。
 夏休み前の悪夢を思い出す。英語の順位を落して同級生から嘲笑われた。あのような醜態は二度と御免だ。
 ちょっと入れ込み過ぎたかな。
 後悔したところでどうにもならない。なにより、あれは自分としては必要な行動だったと思っている。
 連日連夜、霞流を追っかけて夜の繁華街へ繰り出している。当然、勉強時間も減る。
 だって、もう躊躇わないって決めたんだから。
 なんとしても霞流さんを振り向かせたい。とにかく自分は本気なんだと知らしめたい。残念な事に相変わらず霞流は美鶴に大した興味も示してはくれないが、ユンミという人物の協力もあって、美鶴は夜の霞流の傍に居られる時間が多くなった。
 こちらをアピールするのも大事だけど、霞流さんを知るのも大事だよね。
 ユンミがどうして協力してくれるのかは不明だが、今の美鶴には、そこまで気をまわす事ができる程の余裕は無い。
 連日の自分の行動が無駄だとは思っていない。ただ、そのために成績を落すという事態は避けたい。
 今日からは少し控えないといけないかな。
 教科書と睨めっこ。
 そんな美鶴の事情を知らない二人は、躍起になって試験勉強をする美鶴を冷ややかに見下ろす。
「学年トップにそんな勉強姿を見せられると、かえって嫌味だな」
「そこまでする必要、ある?」
「ウダウダ言うなら外で言って」
「そんなに根詰(こんつ)めたら身体壊すぜ。たまには息抜きも必要」
 言いながら右手を伸ばす。その手を邪険に払われる。
「邪魔」
「何? 英語? だったら教えようか?」
「嫌味? 理系に英語教えてもらうほど落魄れてはいない」
「っんなもん、カンケーねぇだろ。得意分野で協力するのは当然」
「必要無し」
「冷たい事言わずにさぁ」
「嫌がってるんだから、辞めたら?」
 瑠駆真の言葉に聡が振り返る。
「お前には関係無いだろう?」
「大有り。僕の大事なお姫様に、手を出さないでくれる?」
「冗談。お前は学校で花嫁候補でも探していればいいんだよ」
「相手は決まっているんだ。探す必要無し」
「でも、実際には探してるんだろう?」
「単なる噂だ。嘘だよ」
 そうして、やや緊張した面持ちで美鶴へ視線を移す。
「美鶴も、まさか信じてはいないよね? あんなくだらない噂」
 そんな、少し哀願でもするかのような瑠駆真の言葉に、美鶴は鋭い視線を投げてピシャリと言う。
「そんな質問、する方がくだらない」
「え?」
「勉強の邪魔だと言っているのがわからないのか? 聡もだ」
「へ?」
「さっきから言っている。邪魔なら出て行け」
「お前、なんかすごい迫力」
「私はマジなんだ。これ以上邪魔するなら本当に追い出すぞっ」
 気迫を込めた美鶴の言葉に、瑠駆真と聡は思わず絶句。
 そんな、妙に緊迫感の漂う駅舎に、ゆったりとした声音が響く。
「どうやら彼女はご機嫌斜めのようだね」
 入り口から、少し狡猾そうな瞳が覗いている。
(つた)
 聡の言葉に、蔦康煕(こうき)は一歩を中へ踏み入れた。
「お前たち、相手にはされていないようなんだし、せっかくだから、代わりにこっちの相手してくんない?」
 言うなり蔦康煕=コウはズンズンと入り込んでくる。そうしてまっすぐに聡のところへ向うと、すぐそばで立ち止まった。
「説明してくれよ」
 意味ありげに細められた瞳。尋常では無いと悟る。
「何?」
 腰を下ろしたまま見上げる相手の胸倉を、コウは何の前触れもなく鷲掴みにした。
「ツバサに手を出したってのは本当か?」
 聡も瑠駆真も、そして美鶴までもが目を見張った。
「は?」
「しらばっくれるな。お前とツバサがデキてるんじゃないかって噂だ」
「な、何?」
 面喰う。







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